20090130

遺言状

”四十九日”の行事も終え、あらためて思うことは故人の心がけのよさである。それに比べ、自分はというと遺言状の簡単なものしか書いていない。連絡する人の名前と住所、葬式のあり方、もさることながらそれ以前に”延命治療”の拒否等明文化しておかなくてはならないと痛感した。
子等にも口頭で伝え、遺言状にも追記することとした。

この機会にこのブログを一時休止することにした。

20081224

青春の頃の…


有楽町にこの歌碑が出来たとのことで訪れた。
寒い、貧しい、明日が見えない、”左翼の運動”がまだ激しかった。
どうなるのだりろう?不安と迷いの日々だったと思う。
しかし日々身の回りが変化し豊かになり始めた。
新聞で見ている限り分らない所で、多くの人が人知れず努力された結果である。
新しい感覚といわれたこの歌謡曲は何かしら今日のこの豊かさを暗示していたのかもしれないという感じが今になってする。

20081206

スロー筋トレ

スローな筋トレなるもの(NHK10月放送)を、この1ヶ月間やってみた。少しは体に力がついてきた気がする。
とくに筋トレのあとに有酸素運動が効果的であるということが研究でわかったらしい。そして、筋トレそのものはマシンを使うよりも「脳をだます」ことで時間的に効率よくできることがいわれていたのは新知識だった。
今後も続けたいと思う。

20081129

ポックリ死

長い苦闘の末、故人は天国に逝った。患者本人はもちろん、家族その他関係者はやはりいつもながら、大変な心身の負担となる。出来ることならポックリ死が理想である。今後ともフィットネスまたはトリム運動に心がけ、そうしたいものである。あらためて痛感する。

20081117

08年秋の旅行

11月12日13時15分
大井川鉄道・金谷駅から終点の千頭駅まで乗って来た SL急行(C11 227)をバックに記念写真(藤森兄撮影)
11月12日14時10分 
寸又峡温泉「翠紅苑」玄関での記念写真(笹井兄撮影)
11月12日18時10分 
翠紅苑での宴会風景
11月13日09時52分
 急勾配(90パーミル)を登るアプト列車(大井川鉄道川井 線アプトいちしろ駅→長島ダム駅間)
11月13日10時46分
 奥大井の山麓を下って行くアプト列車(長島ダム駅→アプ トいちしろ駅)
(写真はサムネイルなので、クリックすると大きくなる)

20081108

生命力

スパゲティー症候群の病人が回復し歩けるくらいになった。しかし、内臓の多くが切除され、点滴に頼った生活になった。それでも会話は出来、体温もそこそこになった。一時は関係者や親族一同見舞いに行っても本人は高熱で朦朧として覚えていないはずの状態であった。
いつもながら、人間の生命力というか、医術の進歩というべきか、生命力というものを実感する気がする。

20081102

山中でふぐの養殖

前橋の電中研で赤城山中で、とらふぐの養殖が研究されているとか。かなり成功率が高いらしい。
アンモニヤと水温を管理することが大事でそれには電力とコンピューター制御が必要となる。
地方の産業開発にも役立つことだろうと思う。他にも野菜工場があるという。
電力はいろいろな可能性を開いていくものだと思った。