20080314

岡田実先生の「閃光」を読んで

昭和30年ころあの貧弱な設備がいかに苦労して整備されたのか知った。

先日の母校サイト(3月8日「母校の発展」)で感じたことはその裏返しでもある。当時は何もかもないない尽くしではなかったか。 家、仕事、アルバイト、金、食べるもの、公共設備等々ないない尽くし。今はいかに恵まれていることか。

医学部、工学部以外は、就職もアルバイトも少ない時代だったと思う。

子や孫に日頃話す機会がないことを、思いつくまま記しておけば参考になる時があるかもしれない。

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

岡田先生は 戦後の工業復興に必要な溶接技術者を育成するために 冶金・機械・電気の
エッセンスのみを短時間で教える溶接工学を設立された。(他国では 冶金とか 電気出身の溶接学者が多い)
それから 50年余 -工学としてのその使命は終わったような気がする。(溶接技能とか
溶接技術は]残るが)

          井上 誠一

匿名 さんのコメント...

井上兄
コメントありがとうございました。
なるほどと思いました。今後もよろしく。